第1話 妹の困った癖


(あたしの妹には困った癖がある)

(……今だって、ほら……)

ズル……ズルル……。

「こらぁ!」
怒鳴って、クローゼットのドアを大きく開ける

「!!!」
いつの間にか持ち込んでいたランプの灯りに浮かぶ、ベーススタンドの上の電気ケトル。
そんな狭い空間で、プラスチック容器を手にした亜弥が振り返った。

「あーやったら、まーたそんな身体に悪いもの食べて!」

「…………ズルル」

「お腹が減ったんなら、お手伝いさんに言ったら、夜食作っておいてくれるって言ってるでしょ!」

「ごっくん」

「やー、それはわかってるんだけどね……ほら、あるじゃない、食べ慣れた味が恋しいっていうかー」

「わかんないわよ、そんな気持ち!」

「あたしにわかるのは、あーやが毒を好きこのんで食べるために、コソコソしてるってこと!」

「……だってぇ~」

「健康に良くないってわかってても、無性に食べたくなっちゃうのよねぇ……」

「………………」
泣きたくなんかないのに、じわっと涙が浮かんでくる。
どうしてあーやは毒なんか食べるんだろう?
あたしが何度も『そんなの食べちゃダメ』って言ってるのに、全然聞いてくれないし。
最近は、こんな風にあたしに隠れて食べちゃってるし。
一番いいのは、食べないことなんだけど、でもどうせ食べるなら、コソコソしないで、堂々としてて欲しい。

「……ごめんね、藍。小腹が減っただけなのに、他人に何かをお願いするのは、ちょっと……」

「うーーー……他人じゃないもん、お手伝いさんだもん」
ぐいと手の甲で目元を拭う。
どう言えばわかってもらえるんだろう……?
あーやが大事だから、口うるさく言ってるのに。
あたしが何か言えば言うほど、あーやを困らせてしまうのが辛い。

「藍、わかって。わたしは、ずっと庶民暮らしをしてて、誰かを使う立場にいなかったの」

「君島家に来て、立場が変わったんだって頭では理解してても、染み着いた習慣は変えられないの」

「あたしには、そっちの感覚の方がわかんないもん……」

「まぁ、そうなんだけどね……ズズッ」
言いながら、カップ麺の汁を啜ってるし!
わかってないの?
あたしの言葉の何を聞いてたの!?

「だからっ! そういうの食べちゃダメ~!」

「や、もう食べ終わったから。今は飲んでるだけ」

「飽和脂肪酸と塩分だらけの不健康な汁なんか、飲んじゃダメ~ッ!!」
まだ少し汁が残ってる容器を取り上げて――

「こうしてやるんだから!」
息を止めて、一気に飲み干した。

「ゲホゲホゲホッ!」

「ああ、もう、一気飲みするから……大丈夫?」
覗き込んでくる心配そうな顔が嬉しくて、うん、と頷いた。

「……へ、平気」

「そ、良かった」
わ、その顔、反則!
可愛い!
キスしちゃいたくなるじゃないのぉぉぉ!!!

………………

「ってことで、この容器はあたしが片づけちゃうからね!」

「あーやはちゃんとクローゼットから出ておくこと!」

「はーい」

………………

「……ゴクリ」

「……あ、あれ?」

「……カップめんって……意外に美味しい……?」

「頭ごなしに怒っちゃって、悪かったかな」

「今度、あーやに秘密で、こっそり買って食べてみようかな」
