第3話 莉菜の妖精さん
校舎から眺めるグラウンドで陸上部の人たちが練習している。
ひときわ目を引くのは、莉菜の妖精さんの姿。
「やっぱ、渚が一番よね♡」
「ああ、あのカモシカのようにスラッと伸びて、無駄のない脚線美!」
「ううん、脚だけじゃなくて、渚はスラッとして、すごくカッコいいし、可愛いんだから!」
「ううん、外見だけじゃなくて、内面も全部大好き♡」
「渚のために作ったおべんと……気に入ってくれると良いんだけど……」
「………………」
「あ、こっち見た♡」
「………………」
「なぎさ~~~~~! 部活、ご苦労様ーーー! 差し入れ持ってきたよー!」
「う……」
困ったような顔で、渚が横を向く。
んもう、照れ屋さんなんだからぁ♡
そんな照れ屋な渚へと駆け寄って行こうとして……。
「あうっ!!」
バシャッ!
――この莉菜さまとしたことが、何もないところで転んでしまった。
「莉菜ッ!!」
「莉菜、大丈夫!? 怪我してない!?」
「……ううう……大丈夫……」
「でも……おべんとが……、莉菜が頑張って作った、渚のためのおべんとが……」
「そんなの良いよ、莉菜、怪我してない? どっか痛くない?」
いつもは素っ気ない渚が、全身全霊で心配してくれている。
もう、それだけで、擦り剥いた膝の痛みなんて消えてしまう。
苦労して作ったおべんとを『そんなの』扱いされちゃったけど、それだけ莉菜のことを心配してくれてるんだよね。
「ん……、大丈夫よ。気にしないで、渚」
「でも……」
心配そうな渚。
屈み込んで距離が近くなったその頬に、そっと唇を寄せて――。
「!!」
「ね、莉菜は大丈夫だから、そんな顔しないで?」
「だだだ大丈夫だからって、いきなりキスなんて……!」
「こうするのが思いを伝える一番の方法だって、昔、渚のママが教えてくれたの」
「……だ……だからって……こんなグラウンドの真ん中で……」
「渚は、莉菜にキスされて、嬉しくない?」
「そうじゃなくて……、それとこれとは……」
「じゃ、嬉しい?」
「う……、だから、グラウンドでキスは……」
「んもう、渚ったら素直じゃないんだからぁ」
「莉菜たちがイチャイチャしてたって、他の子たちは見て見ぬフリしてくれるよ?」
「……それって見られてるってことだよね」
「だから、もっとキスしよ?」
「……話が噛み合ってない……」
表情だけは、困ったフリの渚。
でも、本当はあんまり困ってないのはわかってる。
だって、莉菜が顔を近づけても、押しのけたりしないもの。
本気で嫌がっては、いないもの。
「チュッ♡」
「………………」
「おべんと、また明日、作ってくるね」
「練習の邪魔しちゃって、ごめんね」
ひっくり返って、中身がはみ出してしまったおべんとを手早く袋に詰め直して、よいしょ、と立ち上がる。
……渚に食べてもらいたかったのに。
せっかく早起きして、頑張って作ったのに。
そう思うと、擦り剥いた膝より、胸の方が痛い。
「待って」
「どしたの?」
「わたしも帰る……一緒に」
「え……、でも、練習中でしょ?」
「莉菜が心配。だから、一緒に帰る」
部長に早退するって言いに行く背中を見ながら、やっぱり好きだなぁって思う。
一緒に育って、一緒に大きくなって、これからも、一緒の気持ちを共有していくんだなぁって。
莉菜の好きな子は、ちょっと素っ気ないところがあるけど、でも、本当は、莉菜のことが大好き。
それがわかってるから、莉菜は安心して、渚を追いかけることができるの。
ダメになったおべんとが入った袋を取り上げた渚が、莉菜の隣をゆっくり歩く。
渚の荷物だけでなく、莉菜の鞄まで持ってくれている。
「……荷物持たせちゃって、ごめんね?」
「駐車場までだし。軽いし。全然平気」
「うん……」
「だから、そんな顔しないで」
「……うん」
ぽんぽんと、優しい手で頭を撫でられた。
やっぱり、好き。
大好き。
今、すごくキスしたいって思うけど、キスは慰めるための手段だから、今は我慢しないとね。
大好きって気持ちを伝えるのは難しい。
……他の子たちって、こういう時、どうしてるんだろうって、そう思う。