「ふわぁ……せっかく休日なのに、こんなに早くから起こされるなんて」
「今日は麻衣さまが自転車に乗せてくれる日だってこと、前から話していたじゃない」
「そんなの、忘れていたわ……休日の朝は、璃紗と昼過ぎまでベッドの中でイチャイチャするのが、わたくしの日課なのに」
「そんな日課、ありません! ほら、麻衣さまが来たわよ……あら、玲緒さまも一緒だわ」
「それは当然よ。2人は恋人だもの。でもまあ、ラヴラヴっぷりは、わたくしと璃紗の方が上だけど……んっ、ちゅっ♡」
「もうもう、こんなところでキスなんて、ダメぇ……ぁん、見られちゃう」
(よ、良かったぁ……お二人にはキス、見られなかったみたい)
「コンビニ限定販売の『とろりんチーズケーキ』よ。どう、羨ましいでしょう?」
「あら、それですか。わたくしは昨日、もう食べましたわ」
「ぐっ……ワタシなんて一昨日食べて、これは2回目だもん」
「あら……確かそれ、昨日が発売日だったと思いますが」
「あ、あの……ちょっと美夜、そんなイジワルを言うのは……」
「いいのよ、璃紗ちゃん。あれは2人にとって、挨拶がわりみたいなものだから」
「ところで麻衣さま、これが麻衣さまの自転車ですか?」
「くろす……なんか、カッコいいですね。私が普段乗ってるのと比べると、ずいぶん形が違うような……」
「璃紗ちゃんが乗ってるのは……いわゆる『ママチャリ』ってヤツよね?」
「ママチャリと違って、クロスバイクは長距離でも楽に走れるよう、こんな形になっているのよ」
「このまま乗ると、サドルがずいぶんと高めな様ですが……」
「ええ。乗りなれていないと、最初はその前傾姿勢が怖いって思うかもしれないわね。でもそれが効率のいい姿勢なのよ」
「そうね……璃紗ちゃんにはこれに乗ってもらう前に……いわゆるママチャリとスポーツ用バイクの違いについて、話しておこうかしら」
「まーい、ワタシ、むこうのベンチでお菓子食べててもいい?」
「まあ、いいけど……だったら家で留守番していれば良かったのに」
「……麻衣が他の女の子と遊ぶのに、ワタシだけ留守番できるはず、ないじゃない……もう」
「な、なんでもないわよ、もう……もぐもぐ、もぐ……」
「せっかく来たんだし、玲緒もちょっとは乗ってみたら?」
「あら……玲緒さま、すごいいきおいで走って行ってしまいましたね」
「まあ、しょうがないわ。でも玲緒のカバンの中にお菓子、たくさん入れといたから平気よ。後でわたしたちも、一緒にお茶しましょう」
「わたくしもお菓子なら、持って来てるわよ。お茶もほら……ポットに」
「そういうところ、抜かりないのよね。じゃあ後のティータイムを楽しみにしながら、お話を伺いましょう」
「まず、クロスバイクはママチャリと比べると車体が軽いの。ペダルの漕ぎ始めが軽いから、すぐに実感できるわ」
「ふふふっ、実際に乗ったらきっと驚くわよ。それからさっき、美夜ちゃんも言ってたけど、サドルとハンドルの高さもポイントよ」
「ママチャリと違って、クロスバイクはその2つの高さが同じくらいになるから、乗るときに前傾姿勢になるの」
「……ということは、身体の荷重が、サドルとハンドルに分散される……ということでしょうか?」
「その通り。美夜ちゃん、すごいわね。この説明だけで、そこまでわかるんだ」
「またそんなことを……麻衣さま、それってママチャリと比べて、どこら辺が違うんですか?」
「どっかりと座ってるママチャリより、お尻が痛くなりづらいのよ」
「確かにママチャリって、長いこと座っていると、お尻が痛くなりますよね」
「そうでしょう。短時間の買い物なんかは、ママチャリで十分だけどね。さすがに長時間は辛いわよね~」
「それに前傾姿勢だと、ペダルを廻す運動がスムーズに行えるわ」
「タイヤも……普通の自転車より、かなり細いですね」
「そうね。細いから路面抵抗が減って、軽い力で進むことが出来るのよ」
「でも、こんなに細かったら……すぐにパンクしたりしませんか?」
「そうね。最近ぽちゃっとしてきた璃紗のお尻の重さに耐えきれず……あああっ、大惨事よね」
「大丈夫よ、ちゃんと空気を入れておけば。私だって毎日、乗っているんだし」
「そうですよね。でも聞けば聞くほど、すべてが長距離……スポーツ用になっているんですね、クロスバイクって」
「同じ自転車でも、ママチャリが日常用のサンダルなら、クロスバイクはスポーツ用のスニーカーみたいなモノかしらね♪」
「もちろんサンダルでも走ることは出来る、けれど効率が悪い……と言う事ですね」
「更に上級者用に『ロードバイク』っていうのもあるけれど、その辺は私もあんまり詳しくないし」
「そうですか……それで他には、クロスバイクには、どんな利点があるんですか?」
「そうね……フレームがしっかりしてるってことかしら。しなやかで丈夫なのよ」
「フレームって、車体のことですよね。あんまり気にしたこと、なかったです」
「具体的には、そうね……ペダルを踏む込んだ時に車体がたわんでしまって、力が逃げて、走りの効率が悪くなる感じね」
「長く走るためには、このクロスバイクの方が、効率の良い道具だってことですね」
「そういうこと。ママチャリとの違い、わかったかしら?」
「あっ、ちょっと待って。璃紗ちゃんが乗りやすいよう、サドルの高さを調節するから」
「璃紗、慌て過ぎよ。焦らなくても、自転車は逃げないわよ」
「もぐもぐ……やっと乗るところなの? 長かったわね」
「違うわよ。あそこの売店にあるソフトクリーム、買ってもいい?」
「もう、そんなことだと思った……今日は特別よ。ご自由に」
「でも、麻衣さま……玲緒さまだけ一人にしちゃって、いいんですか?」
「いいのいいの。玲緒は玲緒で、楽しんでるみたいだし……うん、こんな感じかしら」
「最初だから、ハンドルを上げて、サドルを少し下げてみたわ。もし合わないようだったら、また調節するから言ってね」
(普通のママチャリとは違う、クロスバイク……どんな感じなんだろう)