「5万前後のものなら、どれもそんなに違わないって事さ」
「そのくらいの値段のものは、大抵の自転車会社が台湾の組み立て会社に作らせているんだよ」
「そうじゃないわ、璃紗ちゃん。安くて良いパーツってことよ」
「そう。台湾は人件費も安いし技術も高いから、昔からいろんな自転車メーカが業務委託をしてきたんだ」
「その技術の積み重ねのおかげで、現在の台湾製自転車のシェアは、もはや世界一の規模と言っても良いんじゃないかな」
「実際『Made in Italy』なんて書いてあっても、イタリアでやっているのは最後の組み立てだけ……なんて話もあるそうだよ」
「パソコンのパーツがほとんど台湾製なのと一緒ってワケね」
「ようするに、5万円前後のクロスバイクなら、どこのメーカーのものを選んでも、台湾製の同じような構成で組まれているって事になるね」
「もちろんもっとお高いクロスバイクを買うっていう手もあるんだけど……ダイエット目的なら必要ないと思うわ」
「そこに飾られている自転車も、20万円以上してますよね」
「スポーツサイクルの世界は、お値段と性能が比例してるからね。上を見れば本当にキリがないよ」
「とはいえ、大枚はたいて買ってはみたものの、じっさいに乗ってみたらスポーツとしての自転車に向いていなかった……なんて事もあるしね」
「とにかく入門編として、5万円前後の自転車を勧めるよ。まずは『楽しめるかどうか』の適正を見極めた方が良いし、ね」
「あとは……経験者の目で見れば、付いているパーツの性能差とかであれこれオススメすることも出来るけれど……」
「まずはフレームの色や形で好みのものを選んだ方が良いと思うよ。やっぱり、見た目の愛着は大事だしね」
「なるほど……じゃあこの価格帯からじっくり、自分好みのものを選びますね」
「璃紗好み……もしかして、いやまさか……あ、あの皐さん、聞いてもよろしいかしら?」
(美夜が自分から皐さんに質問だなんて、美夜もずいぶん私ほどじゃないけどテンション上がってきたのね)」
「クロスバイクに、クマの絵がついてたりするのとか、ありませんよね?」
「だって、璃紗の好みといえば、あのやる気のなくなる表情をした、だらっこクマ……」
「タイヤやサドルを自分の好きな色にカスタムしたりはするけど、クマねぇ……」
「ステッカーを貼るとか……ああ、わかったよ、璃紗くん。キミのしたいこと」
「『痛車』ってやつを作りたいんだね。ボクもそれはさすがにしたことないけど、もしキミが望むのなら……」
「だ、大丈夫です、フツーのでいいです、フツーが一番です」
「さ、さあ……知らないわ。璃紗ちゃん、なかなか変わった趣味なのね」
「もう……私は自分の趣味を人目につくところに晒す気はないの、知ってるでしょう?」
「璃紗の好きな、あの部屋にあるようなふわふわした薄いピンク色の車体」
「そこにプリントされた、たくさんのだるだるしたクマたち、それにまたがる璃紗」
「なんだか楽しそうね。気に入った自転車、見つかった?」
「今、見ているところで皐さんからアドバイスを頂きまして、ここらあたりのにしようかと」
「えぇっ、そうですか? 学生が買うにしては、大きい買い物だと思いますけど」
「だったら麻衣と買い物に行くスーパーに、もっと安い自転車あるわよ。それにしたら?」
「驚かしてごめんね、璃紗ちゃん。玲緒が困ったことを言うから」
「なんでよぉ? 麻衣だって安いの好きじゃない。タイムセールとか」
「それはそうだけど……自転車はね、ちょっと違うのよ」
「麻衣くんの言う通りだよ。量販店やホームセンターなんかでは、1~2万円程度で買える車種もあるけど、それはおすすめできないなぁ」
「確かにお値段は安いし、見た目も一緒っぽいんだけどね……ちゃんとしたサイクルメーカーのものに比べると、性能的に劣るものが多いのよ」
「ああいうのは『ルック車』って呼ばれていてね。その名の通り『見た目だけはスポーツサイクル』って言う感じかな」
「値段が安い分、素材やパーツもほぼママチャリと変わらないものが使われていてね」
「まぁ、そのほとんどが中国製で、ヘタをすると自転車協会の保証もなかったりするよ」
「しかも軒下に駐めておくと、数ヶ月であちこち錆び始める。チェーンやボルトが真っ茶色になったりするんだ」
「そんな自転車じゃ、いつ壊れてもおかしくないよね」
「わ、わかってるわよ。ワタシはそんな安物、最初っから買うわけないもの」
「逆に言えば、ちゃんとしたメーカーの車種だと、あっけなく錆びる様なパーツは使っていないし、フレームもしっかりしているよ」
「その辺を踏まえても、やっぱり5万円前後のものがおすすめかな」
「そろそろ時間ね。さて、では次回予告……まさか、あのクマが本当に、璃紗の自転車に……」