「もう、六夏ったら……『ワタシも自分の自転車取って来ます!』って、ものすごい勢いで走っていったわ……」
「まさに、興奮冷めやらぬ状態だったね。と、このあたりに駐めてあるのかい?」
「ええ、すぐ近くに白河の関連企業の事務所がありまして……そちらで預かって頂いているのです」
「いやぁ、さすがはミカ女本校の子女、すごいねぇ♪」
「わ、わかっているわよ。さっきは急に現れたから、ちょっと驚いただけよ、ちょーっとね」
「そうかなぁ。ボクには美夜くんがかなり、焦っているように見えたけれど?」
「ところで、六夏くんだっけ。彼女は筋肉の付きも良かったし、何かスポーツをやっているんじゃないかな」
「ええ、陸上をやっています。大会でも結構、すごい記録を出しているとか聞きましたが」
「わ、わたくしだって、本気で陸上をやれば、あの子くらいのタイムは……」
「だーかーらー、そんなに六夏と張り合わないで、美夜」
「六夏くんはスポーツウーマンか。じゃあ良い自転車仲間になりそうだね」
「はい。でもまあ、六夏の場合はダイエットなんて、必要なさそうだけど」
「えっ……? 璃紗さま、ダイエットをしていらっしゃるのですか?」
「そうよ、沙雪さん。璃紗は『自転車ダイエット』をしているのよ」
「ちょ、ちょっと美夜、そこまでハッキリ言わなくても……うぅっ、恥ずかしい」
「おかえり、六夏。って……それが六夏の自転車なの?」
「といっても……実はこれ、義父のお下がりの自転車なんです」
「まぁ、お父様が乗られていらっしゃったものなんですか」
「10年以上前の、古い自転車だって言っていました。でも、ちょっと変わった形で、気に入ってるんです♪」
「自転車の事はよく判りませんが……とっても綺麗ですね」
「ほぉ……なるほどなるほど。もっと近くで見ても良いかな?」
「珍しいって……皐さん、これってすごく速く走れるっていう、ロードバイクですよね?」
「そう、アメリカの『ケストラル』っていうメーカーの、2000年前後のモデルだね……でもロードバイクと言うよりも……」
「ロードバイクと言うよりも、トライアスロンに使うような車種だね」
「トライアスロンというと……水泳、自転車、ランニングを全部やる、いわゆる鉄人レースですね」
「ふむ……パーツは比較的最近のものが付いてるね。六夏くん用にレストアしたのかな……」
「ああ、ゴメン。まぁ簡単に言うと、10年以上前のレース用の車体を、六夏くん向けに最近のパーツで組み直してあるって事さ」
「2000年代初頭の頃の、フルカーボン製のエアロフレームだしね。当時は相当高かったんじゃないかなぁ」
「ああ、空気抵抗を極力無くす為に、フレームの形を工夫してるんだ」
「その辺の強度計算はしてあると思うよ。それと……」
「この真ん中の2本の棒は『エアロバー』と言って、先端部を両手で握りながら左右のパッドに肘を乗せるんだ」
「そうすると上半身をかなり伏せる格好になるから、空気抵抗をだいぶ減らすことが出来る……という感じかな」
「へぇ~、それそういう風に使うんですか……知りませんでした♪」
「ところで美夜さまとリサ姉は、お揃いのクロスバイクなんですね」
「ええ、そうよ。わたくしたちの熱い絆が見えるでしょう、ふふふっ♡」
「自分のバイクは気に入っているんですが、そういう女の子らしいデザインのも、ちょっといいかも……」
「真似しちゃダメよ、同じ車種を買っちゃダメよ、これはわたくしと璃紗の……」
「わ、わかってます! ワタシはこのバイクでいいですから」
「な、なんでもありません。ところで六夏さん、その自転車はすごく速いのですか?」
「じゃあ、ここのサイクリングコース走ってきたらどう? 私たちも一緒に行くわ」
「わかりました。じゃあ沙雪さん、ちょっと行って来ますね」
「私はあそこまで、飛ばしたりしないわよ! まったく、六夏ったら……はぁ、はぁ」
「いいじゃない。わたくしたちは仲良く、ゆっくり行きましょう、璃紗♡」
「ただいまぁー、はぁ久しぶりに思いっきり走っちゃいました♪」
「はぁ……六夏ったら、あっという間に先に行っちゃうんだから」
「ごめんなさい、つい夢中になっちゃって……リサ姉たちはずいぶん、ゆっくりだったよね」
「ええ、私たちは心拍数をコントロールしながら、走っているんだもの」
「脂肪燃焼がメインになるような走り方を試しているのよ。まぁ、ぶっちゃけるとダイエットの為ね」
「ダイエット……なるほど、美夜さまがあれだけ食べても太らないのは、このダイエットのおかげだったんですね!」
「いいえ、わたくしはダイエットなんて、必要としていないわ」
「それはね、恋人として、璃紗のダイエットに付き合っているのよ、ふふん♡」
「もう、美夜は言わなくていいことばっかり、言っちゃうんだから……」
「でもまあ、みんなで楽しくポタリングしながら、ついでに痩せられたらいいなぁーって、そのレベルの感じよ」
「ポタリング、かぁ……楽しそうかも♪ みんなって言いましたが、他にもメンバーがいるんですか?」
「ええ、他には麻衣さまと……見学専門だけど、玲緒さまもメンバーかな?」
「なんか、いいですね。ワタシも部活がない時、仲間に入れて欲しいかも……」
「ただし! わたくしの璃紗に、妙なちょっかいを出そうとしたら……」
「そんなこと、しませんっ! ワタシにだって、沙雪さんが……」
「沙雪さん、顔色が悪いですよ。どうしたんですか?」
「沙雪さん、泣いているの!? やっぱり、気分でも悪いんじゃ」
「さっきからどこか、様子がおかしかったんだ。どこかで休んだ方がいいよ」
「私も六夏さんのように、六夏さんと一緒に、お仲間に入りたいのです」
「璃紗さまと美夜さまのように、いつだって一緒にいたいんです!」
「沙雪さん……そう言ってくれて、嬉しいです。それなら一緒に……」
「だって、私……私、自転車に乗れないんですっ!!」