「皐さん、ありがとうございました。まさか一日で乗れるようになるなんて、夢にも思っていませんでした」
「さっき美夜くんも言っていたけど、自転車は体が覚えるものなんだ。今のうちに何度も、乗っておくと良いよ」
「はい、家でも練習をたくさん、したいと思っております」
「でも沙雪さん、自分用の自転車なんて、持ってないんじゃない?」
「とんでもないです、私みたいな初心者が乗っていたら傷をつけてしまうかもしれません!」
「ここはしっかりと、自分用の自転車を買って帰ります」
「それならこのまま、イシガミサイクルまで戻った方がいいわね」
「わがまま言わないの、玲緒。じゃあ、みんなで行きましょう」
「さてと……いらっしゃいませ、イシガミサイクルへようこそ」
「ここに来るまでの間に、麻衣さまにお話を伺ったのですが……私も『クロスバイク』という自転車にしようかと思います」
「そうですか。クロスバイクは……うん、このあたりにあるのがそうですね」
「はぁ……なんだかいっぱいあって、目移りしてしまいますね」
「そうですね……あっ、これってリサ姉たちが乗っている自転車だね」
「ええ、色違いだけどね。もしかして沙雪さんも、これが気に入ったの?」
「いいえ、そうではなくて……お揃いですか……ふぅ~」
「同じ自転車……ぁぁ、私にはとても、六夏さんのような……」
「あっ……玲緒ったら、行っちゃった。本当に協調性のない子ね」
「そうですね……なんだかんだでずっと、ついてきているんだから」
「六夏さんの乗っている自転車は、ここにはないんですか?」
「ワタシの? ワタシのはクロスバイクじゃありませんよ。えーと、ロードバイクって言って……」
「そうだねぇ。でも残念ながら、六夏くんと同じものは、もう生産していないからねぇ」
「そうですよね。あれは10年以上前の、お古ですから……」
「六夏ちゃんと同じのは無理だけど、似たようなのは探せばあるかもしれないわね」
「だけど初心者には、ロードは難しいんじゃないかな。ドロップハンドルも、敷居が高いと思うし……」
「もう、何を言ってるのかしら。本当におバカね、六夏さんは」
「沙雪さんはただ、貴女とお揃いの自転車が良いだけなのよ。このわたくしと、璃紗のようにね♡」
「璃紗ちゃんと美夜ちゃんがお揃いなのが、羨ましかったのね。ふふふっ、可愛いわね♡」
「なんだ、そうだったんだ。それなら早く、言ってくれれば良かったのにー」
「ええ、でも……恥ずかしくて、言い出しずらくて……」
「だったらワタシが、自分のお小遣いでクロスバイクを買いますよ」
「そ、そんな、悪いです! 六夏さんにはお父様から譲り受けられた、大事な自転車がありますのに」
「沙雪くん、自転車乗りがバイクを何台か使い分けるのは、よくあることだよ」
「ポタリング用に、クロスバイクがあった方がいいかなぁって気も、するし……」
「だから沙雪さん、ワタシとお揃いの自転車にしましょうよ、ねっ!」
「もちろんです! ワタシがそうしたいんです、沙雪さん♡」
「六夏ちゃんに手を握られて、沙雪さん、ぽーっとなっているわね」
「あれが天然系の王子様ってヤツなのね……さすがだわ、六夏」
「ビアンチの『RONA4(ローナ4)』ね。これってイタリアのメーカーですよね?」
「そうだね。この車種も女性向けに小さなサイズのフレームを揃えているよ。で、色は……」
「ビアンチ特有のカラーで、イタリア語で『青空』と言う意味よ」
「あとはこんな説もあってね……ビアンチの創始者が1895年、マルガリータ王妃に自転車を献上したんだ」
「そのきっかけもあって、チェレステは王妃の瞳の色をイメージして作られた色だとも言われているね」
「それ以来、ビアンチは毎年ミラノの空の色を見て、チェレステの色の配合を決めるそうよ」
「あ~ん、ますますステキ~♪ うんうん、いいなぁ。2人にぴったりかも」
「それくらいいいじゃない、デザインは違うんだから」
「練習して、乗りこなせるようになったら、休日にみんなでポタリングしましょうよ」
「あら、玲緒。やっぱり戻って来たのね。六夏さんと沙雪さん、お揃いの自転車を買ったのよ」
「そんなの、知ってるわよ……まったく、みんなでお揃いなんて……ぶつぶつ」
「ならないわよー! 用が済んだらもう帰るわよ、麻衣」
「はいはい、じゃあわたし達お先に失礼するわね。六夏ちゃんたちによろしく言っておいてね」
「ああ、帰っちゃったわね、玲緒さま。やっぱり自転車には、興味ないのかしら?」